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お客さまの情報管理・メンテナンス |
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ETCカードの発行 |
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お客さまからのお問い合わせ対応 |
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社員・フレックス社員の指導・管理 |
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| 1997年、私はバイクで交通事故に会い、それ以降車椅子の生活を余儀なくされることになりました。このことが、私の人生のすべてを転換させることになったのです。入院生活で出会った今の妻と結婚、その妻に勧められて「車椅子バスケットボール」チームに参加し選手に。このバスケットボールが私にとって、生きる大きな喜びになっていったのです。生活はすべてバスケットボールが中心。事故後に通学していた職業訓練校を卒業して就職を考えたときも、最初にバスケットボールありき、でした。つまり、車椅子バスケットボールの選手としての生活を中心に据えて仕事ができるところ、それが就職の条件だったのです。そして当社と出会い、「プライベート優先でいい、全面的にバックアップする」と言われ、その言葉に感銘を受け、入社を決めました。 |
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| 「車椅子バスケットボール」では、2002年に世界大会であるゴールドカップに出場、決勝トーナメントに進み8位という成績を収めました。練習や合宿、その他の国際大会出場など、会社の好意によって、存分に選手としてやり遂げた実感があります。もちろん、オンオフのメリハリをつけて、仕事にも真摯に取り組みました。管理企画課に配属されたときのことです。私たちのミッションは、カード利用金額が未納であるお客さまに、より速くご連絡を差し上げるということ。私は「ご案内」の通知を1日でも早く届ける必要があると考えました。しかし郵便事情で地域によってバラツキが発生する。そこで、すべてのお客さまに翌日に届くように、郵便番号で区分けし、印刷、発送の時間、場所を厳密に指定したのです。これによって、ほぼ翌日到着を実現、そのシステムは現在も採用されています。確かな達成感を得た仕事でした。 |
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| 「車椅子バスケットボール」の第一線を退き、現在は配属先であるビジネスサポートセンターでの仕事に注力しています。ビジネスサポートセンターは、カード会員であるお客さまの情報の管理、メンテナンスを担当するセクション。メンテナンスには、例えば転居に伴う住所や電話番号の変更、カード紛失の際の再発行の手続きなどがあり、またETCカードの発行も行います。しかし私は、お客様からのお問い合わせやご要望に対しては、当センターの業務でなくても、すべて受け付けて的確に迅速に対応することを基本としています。それがお客さまの満足度を上げ“イオンファン”を増やしていくことと確信していますから。その中には当然、お客さまからのクレームも含まれます。それらに全力で対応し、「ありがとう」という感謝の言葉を頂くときが、この仕事の大きな喜びのひとつですね。 |
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| センター長の私の役割は、社員、フレックス社員(=アルバイト)が働きやすい環境を作るところにあります。つまり、いかにやる気を持って仕事に臨める環境を作るかということ。私は、何事にも常に情熱を持って接してもらいたいし、その情熱を引き出すことが、自分に託された大きな仕事だと思っています。そしてそれがお客さまの満足度の向上に繋がっていくのです。情熱を維持するには“元気”が必要ですが、元気というのは出るものでなく“出すもの”。そして元気を出し続けていくことで、私が目指しているのが「車椅子部長」です。上場企業の中で、車椅子を必要とするハンディキャップを持った人が、部長職に就いている例はほとんどないと思います。いうまでもなく、単に昇格したいということでなく、ハンディキャップがあっても健常者と同じ土俵の上で戦える、勝てる姿を示したいという気持ちがあります。その実現に向けて、日々の仕事にひたむきに取り組んでいきたいと思っています。 |
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ビジネスサポートセンター センター長
2000年入社 千葉県出身

「車椅子バスケットボール」の第一線は退いたものの、地元のクラブチームに席を置き選手として活躍、2005年11月に行われた国大では優勝を飾る。家に帰れば3人の子供の良き父親。今は家族こそが生きがいであり、家族とのコミュニケーションを最も大切にしている。「こんないい父親は他にはいない」と自負できる、自他ともに認める子煩悩だ。 |
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